メディアにおける希少種の報道について


「ところで、8日付けの朝刊に○○を出稿しました。18年近く自生地を公開しませんでした。すべての人に内緒にしていたわけではなく、見たいと言われた方の多くは同行しました。公開しないというのは秘密にしているというわけではありません。
 新聞社時代、新聞に掲載したから「クマガイソウ」が盗掘され、消えたと叱られたことがあります。ほかにも希少植物がなくなりました。以来、希少種は公開すれば盗掘されるという恐怖を抱くようになりました。個人的には貴重な花が見つかれば、一緒に見て楽しみたいと思うのです。 ○○の自生地を知ったのは、18年前に芸北の児玉集さんに連れて行ってもらったのが最初です。誰が最初に発見したかも伺いました。
 最初、新聞に公表してはいけないといわれていました。
 当時の異常な山野草ブームと希少性を考えれば、○○は消えていくでしょう。放っておいたわけではありません。自生地関連の行政やわさび栽培をされている方などと話し合い、保護について話し合いました。結論から言えば、公表しないということでした。
 しかし、日当たりが悪くなるといけないので、サワグルミの枝打ちや自生地に生えるシシウドの撤去などを続けてきました。わたしは素人ですから、植物の権威がたくさんおられる西中国山地自然史研究会の方たちの意見を伺ってきました。そして自生地を静かに見守ってきました。
 3年前、あるグループの方たちが「中国山地で○○の自生地を発見。四国・剣山の自生地よりもたくさんある」という記事が中国新聞に載りました。
 今年も7月29日、30日8月5日と3回行ってみました。がれ場ですが、傾斜が毎年ひどくなっていきます。植物学者と話したのですが、底雪崩のような形ですべて流れるかもしれません−という意見もあるのです。今年の花のシーズンが終われば、シシウドやサワグルミの手入れに行かなければならないと話しているところです。
 いつも悩むのは公開すべきかどうかです。良い知恵はないのでしょうか。どなたか教えてください。」
この問いは,紺野昇さんが2006-08-08 02:42のblog記事で発信したものだ.媒体は違うけれども,同じ「自然を紹介する」立場にいる者として,本質的な問いとして受け止め,自分の意見を述べた.ネット上の書き込みに,ハンドルを使わなかったのははじめてかもしれない.
マスメディアやジャーナリズムに欠かすことができないのは,一部の人の利害にとらわれず,どのような権力にも屈しないという精神だ.この基本精神に則り,ジャーナリズムに関して議論すると,「情報を占有したり、否定したり、隠し通したりすることが正しい選択ではない」という紺野さんの言葉は正しい.しかし,はじめの問いは,希少種の情報公開に際して配慮すべきこと,についてではなかっただろうか?blog上での議論がまるで悪者探しのようになってしまったことも残念だが,記事が削除されたこともあって,はじめの命題についての議論が2006-08-09 00:08 より後のコメントでは消えてしまったことが残念だ.
この命題に対する,僕なりの解をもう一度書いておく.「希少種の生息事実(生息地ではない)が一般に認知されるように情報を公開するタイミングは,その後の保全策についての具体的な見通しが立った時だと考える.具体策が無いのであれば,情報の公開は絶滅を加速するだけだ.」
それでは,この解を実行するために欠けていたものは何だろうか?と考える.記者個人,あるいは報道機関に対して,研究者は十分な情報を提供してきただろうか?レッドリストは出ているが,その活用指針は示されているだろうか?指針を示さないまま,記事が掲載された後に記者や報道機関を責めることはできないと思う.ヒューマンエラーを回避するための具体的方法を模索することが必要だと思う.そうでなければ,また同じことが繰り返されてしまう.(本人の自覚は別として)紺野さんの問いの持つ本質的な部分は,ここにあったのではないだろうか.
紙面に記事が載ったことは遺憾だが,そのことを責めても仕方がない.今からやること,できることは,記事が公開されたという前提に立ち,これからの保全策を考え,実行することだ.ただ,自然に関する紺野さんの記事を素直には読めなくなってしまったことは,一読者として本当に残念でならない.

エンレイソウ

春のブナ林床は賑やかだ.スミレサイシンやミヤマカタバミが目立つけれど,エンレイソウを忘れてはいけない.3の倍数からなる姿はとても特徴的.咲いている花が目立たないので盛を見過ごしすこともしばしばあるけれど,今年はきれいに咲いている時に見ることができた.この株は茎も3本で,ユリ科ぶりを徹底していた.

オオミスミソウ

スプリングエフェメラルと呼ばれる花のなかでも,キンポウゲ科はおもしろい.新潟の学会に出席したときに群生を見る事ができた.オオミスミソウは雪割草と呼ばれ,春の訪れを告げる花として慣れ親しまれている.これはピンクに白が入っている個体.

オオミスミソウの花は変化が多い.これはピンクが強い個体.

この個体はごく淡い紅紫色.

一箇所の自生地だけでもこれだけ多様だけど,このほかに紫などもあるらしい.通りがかりに寄った道の駅でも「雪割草展示会」というのをやっていて,花や色の変化に富んだ鉢植えが並んでいた.変異が多い植物は園芸品になりやすい.そして,盗掘も受けやすい.花が咲き始めると嬉しい気持と同時に不安がやってくる.品評会でも銘を持たずに「山どり」と記された鉢が賞を取っていたが,銘など持たぬ株が花を開き,種を付け,子孫を残す健全な自生地に残ってほしいと思う.

引っ越します

いつも当ブログ「花の色は...」にお越し頂きありがとうございます.近ごろは「花」から遠ざかったコンテンツばかりになり「放下著」ばかりが充実することを心苦しく思っていました.

そこで/finの見直しをして,DIARYを無くし旅の空というblogに置き換えました.今後は
   自然系の話 → 花の色は...
   日々の話 → 旅の空
という整理で行こうと思いますので,どうぞよろしくおねがいします.

つまり,放下著が一つのblogになるってことですね.花の色は...は,写真の加工がメンドウだったんですよねー(^-^;>ケータイから投稿したい時もありますしね.では,イッテキマース.

きれいな色

高原の自然館最後の一仕事(カワシンジュガイとアブラボテの放流)のために自然館に行ったら,表でばったり坂井さんに出会った.「あなたに見てもらいたいものがある」と言って持ってきて下さったのがこのお酒.アズキナシを漬けたらしい.見てもらいたいのは酒の味だったらしい.坂井さんは酒を飲まないのだ.小さなガラスの猪口に一口いただくと,香りもよく,味もしっかりと乗っていておいしい!水で薄めてもまたイイ.う〜ん,これはイイ.かき氷にかけてもオイシソウ.「おいしいデス」と伝えると,小瓶に分けて下さった.大切に頂きます.

自然館冬季閉館

25日をもって自然館は冬季閉館に入った.今日は館内の片づけと反省会.久しぶりにスタッフ4人で話をした.4人が揃うことはナカナカ無く,揃ってもイベントなどでバタバタしているので,ゆっくり話をしたのは本当に久しぶりだ.お昼ゴハンを4人で食べたのも2度目くらいじゃないだろうか?

反省会では今シーズンを振り返ってみて,それぞれが自然館の良かったところ,来シーズンは改善したいところを挙げていった.その次に,各自の良い点・改善点の自己評価を発表していった.それぞれに視点が違っていて興味深かったし,問題点が明らかになって良かった.

最後に,一人一人の「良かった点」を他の3人で挙げていった.これはとても大切なことで,当人がなにげなくやっていることも頑張っていることも「言葉に出して」評価し合うことで,来シーズンに向けて前向きに望める気になれたと思う(少なくとも僕はそんな気持になれた).

自然館は4者4様.4年目に2つの個性が加わって,活動や可能性が大きく広がった.来年までしばらくの暇乞いですが,今後ともよろしくお願いします.

 ps. 冬の間も,ブログは4人とも続けます:)

霜の夜

芸北に入ったところで気温は-1度だった.八幡に帰って来たときにはもっと低かっただろう.お昼にたろちゃんと食事した時にはTシャツだったのに・・・.家の庭から空を見上げると,空気が澄んで天の川が見えていた.オリオンも六連星も光ってる.今日は早く眠ってしまおうと思ったのだけど,いそいそと準備をして僕の木(と勝手に決めている)の所まで行く.草をかき分けるとパリパリと乾いた音がする.霜がすごい.ごそごそとカメラをセットして,室内でしばらく読書.期せずして,ちょうど2時間だから30度.北の空って撮ったことが無かったけど,こうしてみるとたくさん星があるのが分かる.天の川も北から始まってるし.

そんなわけで,星を見るなら今が良いですよ!

京の都をゆく

一日のお休み.どこに行こうかなー・・・と考えて,京都.思えば,はじめて京都に行ったような気がする.もちろん,何度か来たことはあるのだけど,合宿やお茶会や学会,あるいは人に連れられて,と,「行くゾ感」が無かったのだと思う.今回は攻めの京都だ.

でも,どこに行こうかとずいぶん迷う.ガイドブックを見ても観光地だらけで的を絞れない.結局「2000年(?)前と同じ植生が残る森林」という言葉に釣られて御所と下鴨神社をメインにして歩いた.これは御所の正面にある建礼門.広いなぁ...

近づいてみるととても立派なのが分かる.瓦ではなく桧皮葺.普段は閉じていて,天皇や国賓の来場など,特別な場合のみ開くらしい.

そして,これは南東側にある名もない門.本当は建春門というらしいけど,名札は無かった.

近づいてみるととても・・・さみしそうなのが分かる.桧皮葺も朽ち始めているし.普段は閉じていて,いつも閉じているんだろうなぁ...

こちらは梨木神社.森に囲まれて,なかなか良い雰囲気だったのだけど,やっぱり修復してほしそう.

境内にある手水鉢には,ひっきりなしに水くみの人が訪れていた.「なんで?」と思っていたら,京都三名水のうち,唯一残る井戸の水らしい.ひゃー,と思って飲んでみた.うーん・・・ワカラン,が,まずくはない.ということはうまいのか?

紫式部の邸宅址,廬山寺を見た後,相国寺にたどり着いた.足利義満が1392年に完成させた,とても大きな寺.でも,完成の10年後には応仁の乱で焼け,現存するのは1605年に修復されたものらしい.しかも,1605年に修復された多くの建物も,この法堂を含む3つの建物を残して1788年に焼けたらしい...すごい履歴.春と秋には一般公開されていて,運良く中も見学することができ,ここで解説を聞いて,鳴き竜の仕組みがわかった.大きな竜だった.

ここは京都郊外の渓谷・・・ではなく,相国寺方丈の庭園.枯山水は比喩的だけど,こちらは写実的な庭造り.こんな庭を眺めながら暮らすのはどんな気分だろう?

ところで,展示を見ながら「むむっ?」と思ったことがあった.日本語・英語並記のプレートかと思ったら,名前と作者は並記,解説は英語なのだった.えーっと・・・.

相国寺の庫裏.大きくてきれい.

昼食のあと,下鴨神社へと向かう.このあたりはよく整備されていて,ぽ〜っとするのに良さそう.近くにはカフェもある.川は浅くて,小魚がたくさん.

下鴨神社の境内には「さざれ石」がある.科学的には「小さな石と石の隙間が炭酸カルシウムなどによって埋められ,一つの塊に変化したもので,石灰質角礫岩と呼ばれる」らしいけど,下鴨神社によると,この「さざれ石」は大きく生長して岩になる,神霊の石らしい.君が代なるほど.

えーっと・・・.

下鴨神社をグルリと見た時点で,まだ15:00だったので,祇園に来てみた.表通りはたくさん人がいるのだけど,一つ裏通りに入ると本当にかんさんとしている.割烹とか料亭とかが建ち並んでいる.ここは来られる人しか来られないばしょなんだなぁ,と観光地とは別の京都を感じた.

清水寺のあたりまで登ると,修学旅行生だらけだった.この学生服のパレードも,京都の名物にしてしまえるんじゃないだろうか?

ニヒ.

京都駅に着く頃には日が暮れていた.駅がリニューアルされて,京都タワーは悪くなくなったと思う.

「おーっ」も「むむっ」も「えっ?」も「ひゃー」も「なるほど」もあり,よい旅だった.