ツルを切る

苅尾の山頂付近を歩いていて,いくつかのつるが切られていることに気付いた.明らかに人の仕業なのだけど,なぜこんなことをするのだろう?遊び半分にしてはたくさんあるし,つるの採取をした形跡も無い.

いろいろ考えたけど,ブナを守るつもりでつるを切ったのではないか,という憶測にたどり着いた.もしそうだとしたら,それはとんでもない勘違いだ.材木の生産を目的としたスギやヒノキの植林ならともかく,ブナ林はブナだけが生えていればよいわけではない.確かにブナはブナ林の優占種だけど,それをとりまく様々な動植物がいて,はじめてブナが生育できるのだ.つるが絡み付いたくらいで枯れるほどブナは弱くない.絡み付いたつると共に生きるはずだ.逆に,つるが絡み付いたくらいで枯れる個体は枯れた方が良い.1本のブナが枯れると,そこには大きな空間(ギャップ)ができる.そうしてできたギャップから,また次の世代の植物たちが伸びていくのだ.

環境を保全しようとする時,特別な生物を守るというのは分かりやすい構図だ.だけど,そこだけを見たのでは,本質的に自然を守ることはできない.目の前だけの事象を見て,短絡的な行動に出ないようにしなければならない.自戒.

ブナ

この春はブナの花を見なかった.その時期に苅尾に登らなかったからだ.ブナの葉の特徴を説明する時,最初に言うのはいつも「本当にきれいな葉」ということ.他がきれいじゃないということではないのだけど,並んだ葉脈や波状鋸歯はきれいだと思う.葉っぱらしい葉.今は展葉したてでまだ赤味がかっていて,毛も生えている.これからいよいよ瑞々しい新緑の季節を迎える.

バイケイソウの群生

ユリ科の中でも体が大きいことに関してはピカイチで春先の芽吹きからよく目立つ.地面から出てきたと重うとグングン生長し,葉が傷まないうちに大きくなるのできれいに見える.湿地生の植物であることは間違いないが,ほんのちょっと湿ったところでも群生する.写真の場所も特に湿地というわけではないが,たくさんの個体が林内に突然現れて驚いた.

エンレイソウ

とても特徴的な姿をしている.3輪生する大きな葉の上にちょこんと乗った花は3数性で,3つの外花被片,6陵の子房,6個の雄しべ,3裂する柱頭からなる.内花被片はふつう見られない.ユリ科では萼片と花弁が同じ形をしていることが多いので,どちらも花被片と呼び,萼片由来のものを外花被片,花弁由来のものを内花被片と呼ぶ.名前もおもしろいし形もおもしろい.一度覚えたら忘れない花.

八幡大歳神社

八幡盆地の真ん中は浮島と呼ばれる.大歳神社はこの浮島にある.大歳神社の裏にはその年の農作物のできを占う神事に用いられる瓶があり,瓶の中に水が入っていなければ豊作だという.この瓶は大水が出た時にも浸からなかったそうだ.つまり,占いの結果はいつも豊作.どちらかというとおまじないみたいなものだろうか.ところで,この「浮島」という地名を聞くと,どうしても湿原と関連づけて考えてしまう.一帯は湿地で,洪水時には湿原が水を抑えたと考える事は飛躍だろうか.

大歳神社の社叢林にはブナが2個体ある.遠くに見える苅尾から飛び出したブナを残した八幡の先人には,何か暖かいものを感じる.水が張られた水田の上に見える大歳神社は,本当に島のようだ.

ホザキヤドリギ

自然館の前には2本のコナラが並んで生えているのだけど,1本は全くヤドリギが無く,1本はたくさんのヤドリギが着生している.ヤドリギが着生している方のコナラには,芸北で見られる3種のヤドリギが全て見られる.すなわち,ヤドリギ,アカミヤドリギ,ホザキヤドリギだ.ホザキヤドリギは,図鑑には「中部地方以北に分布」と書かれているが,昨年,八幡でも見つかった.落葉性のヤドリギで,今は新緑の季節.赤い新枝と相まって,美しい.点前はヤドリギ,奥にはコナラの葉が見える.

ニョイスミレ

スミレの仲間は見分けが難しいけれど,これは芸北では見分けやすいもののひとつ.タチツボスミレよりも少し小型だが,群生するので目に付きやすい.田の畦や造成した庭などにも見られる.花は白色にすみれ色のすじが入り,花弁が左右に張り出す.かわいい.

ミヤコアオイ

カンアオイの仲間は江戸時代に多くの品種が見出され,今日でも園芸の1ジャンルとして残っている.葉の模様や花の色,萼片の数などに変異が多いので,亀甲紋,雪白紋,素芯など,多くの品種が作られている.この写真は(たぶん)亀甲紋と呼ばれるタイプ.同所的に生えていても,わずかに見た目が異なる.園芸種になるはずだ.

カンアオイの種はアリ散布で,種子にはエライオソームと呼ばれる脂肪・アミノ酸・糖などを含む付属物が付いている.アリはこのエライオソーム欲しさに種を巣に運び,エライオソームだけを食べて,種子は放置される.こうしてカンアオイは分布を拡大しようとするのだ.ただ,ある試算では1kmを移動するのに1万年かかるというから,この試算が正しければ気の長いはなしだなぁ.試算が正しければ,だけど.エライオソームはカンアオイだけでなく,スミレ,カタクリ,ムラサキケマン,フクジュソウ,ヒメオドリコソウ,カタバミなど,様々な科の植物で見られ,これらの植物を「アリ散布植物」と呼ぶ.

カンアオイ属の花は地面に埋もれたように咲くので,普通は目立たない.その花の変異を楽しむのだから,日本の園芸って奥が深い.花には花弁が無く,3個の肉質の萼片が筒状になっている.花弁が無いのに離弁花というのも不思議な気がするが,それはさておき,カンアオイ属の種を分類するのは,この花がポイントになる.このあたりではサンヨウアオイとミヤコアオイが多いが,サンヨウアオイは萼筒が6陵に膨らんでボコボコして見えるのに対し,ミヤコアオイの萼筒はまるく見える.内面には縦に15個の隆起腺がある.サンヨウアオイの縦の隆起腺は6個.

こちらはほんの2mほど離れたところにあった個体.葉の模様はまったく違うけど,やっぱりミヤコアオイで,花のつくりは同じ.