オオミスミソウ

スプリングエフェメラルと呼ばれる花のなかでも,キンポウゲ科はおもしろい.新潟の学会に出席したときに群生を見る事ができた.オオミスミソウは雪割草と呼ばれ,春の訪れを告げる花として慣れ親しまれている.これはピンクに白が入っている個体.

オオミスミソウの花は変化が多い.これはピンクが強い個体.

この個体はごく淡い紅紫色.

一箇所の自生地だけでもこれだけ多様だけど,このほかに紫などもあるらしい.通りがかりに寄った道の駅でも「雪割草展示会」というのをやっていて,花や色の変化に富んだ鉢植えが並んでいた.変異が多い植物は園芸品になりやすい.そして,盗掘も受けやすい.花が咲き始めると嬉しい気持と同時に不安がやってくる.品評会でも銘を持たずに「山どり」と記された鉢が賞を取っていたが,銘など持たぬ株が花を開き,種を付け,子孫を残す健全な自生地に残ってほしいと思う.

引っ越します

いつも当ブログ「花の色は...」にお越し頂きありがとうございます.近ごろは「花」から遠ざかったコンテンツばかりになり「放下著」ばかりが充実することを心苦しく思っていました.

そこで/finの見直しをして,DIARYを無くし旅の空というblogに置き換えました.今後は
   自然系の話 → 花の色は...
   日々の話 → 旅の空
という整理で行こうと思いますので,どうぞよろしくおねがいします.

つまり,放下著が一つのblogになるってことですね.花の色は...は,写真の加工がメンドウだったんですよねー(^-^;>ケータイから投稿したい時もありますしね.では,イッテキマース.

きれいな色

高原の自然館最後の一仕事(カワシンジュガイとアブラボテの放流)のために自然館に行ったら,表でばったり坂井さんに出会った.「あなたに見てもらいたいものがある」と言って持ってきて下さったのがこのお酒.アズキナシを漬けたらしい.見てもらいたいのは酒の味だったらしい.坂井さんは酒を飲まないのだ.小さなガラスの猪口に一口いただくと,香りもよく,味もしっかりと乗っていておいしい!水で薄めてもまたイイ.う〜ん,これはイイ.かき氷にかけてもオイシソウ.「おいしいデス」と伝えると,小瓶に分けて下さった.大切に頂きます.

自然館冬季閉館

25日をもって自然館は冬季閉館に入った.今日は館内の片づけと反省会.久しぶりにスタッフ4人で話をした.4人が揃うことはナカナカ無く,揃ってもイベントなどでバタバタしているので,ゆっくり話をしたのは本当に久しぶりだ.お昼ゴハンを4人で食べたのも2度目くらいじゃないだろうか?

反省会では今シーズンを振り返ってみて,それぞれが自然館の良かったところ,来シーズンは改善したいところを挙げていった.その次に,各自の良い点・改善点の自己評価を発表していった.それぞれに視点が違っていて興味深かったし,問題点が明らかになって良かった.

最後に,一人一人の「良かった点」を他の3人で挙げていった.これはとても大切なことで,当人がなにげなくやっていることも頑張っていることも「言葉に出して」評価し合うことで,来シーズンに向けて前向きに望める気になれたと思う(少なくとも僕はそんな気持になれた).

自然館は4者4様.4年目に2つの個性が加わって,活動や可能性が大きく広がった.来年までしばらくの暇乞いですが,今後ともよろしくお願いします.

 ps. 冬の間も,ブログは4人とも続けます:)

霜の夜

芸北に入ったところで気温は-1度だった.八幡に帰って来たときにはもっと低かっただろう.お昼にたろちゃんと食事した時にはTシャツだったのに・・・.家の庭から空を見上げると,空気が澄んで天の川が見えていた.オリオンも六連星も光ってる.今日は早く眠ってしまおうと思ったのだけど,いそいそと準備をして僕の木(と勝手に決めている)の所まで行く.草をかき分けるとパリパリと乾いた音がする.霜がすごい.ごそごそとカメラをセットして,室内でしばらく読書.期せずして,ちょうど2時間だから30度.北の空って撮ったことが無かったけど,こうしてみるとたくさん星があるのが分かる.天の川も北から始まってるし.

そんなわけで,星を見るなら今が良いですよ!

京の都をゆく

一日のお休み.どこに行こうかなー・・・と考えて,京都.思えば,はじめて京都に行ったような気がする.もちろん,何度か来たことはあるのだけど,合宿やお茶会や学会,あるいは人に連れられて,と,「行くゾ感」が無かったのだと思う.今回は攻めの京都だ.

でも,どこに行こうかとずいぶん迷う.ガイドブックを見ても観光地だらけで的を絞れない.結局「2000年(?)前と同じ植生が残る森林」という言葉に釣られて御所と下鴨神社をメインにして歩いた.これは御所の正面にある建礼門.広いなぁ...

近づいてみるととても立派なのが分かる.瓦ではなく桧皮葺.普段は閉じていて,天皇や国賓の来場など,特別な場合のみ開くらしい.

そして,これは南東側にある名もない門.本当は建春門というらしいけど,名札は無かった.

近づいてみるととても・・・さみしそうなのが分かる.桧皮葺も朽ち始めているし.普段は閉じていて,いつも閉じているんだろうなぁ...

こちらは梨木神社.森に囲まれて,なかなか良い雰囲気だったのだけど,やっぱり修復してほしそう.

境内にある手水鉢には,ひっきりなしに水くみの人が訪れていた.「なんで?」と思っていたら,京都三名水のうち,唯一残る井戸の水らしい.ひゃー,と思って飲んでみた.うーん・・・ワカラン,が,まずくはない.ということはうまいのか?

紫式部の邸宅址,廬山寺を見た後,相国寺にたどり着いた.足利義満が1392年に完成させた,とても大きな寺.でも,完成の10年後には応仁の乱で焼け,現存するのは1605年に修復されたものらしい.しかも,1605年に修復された多くの建物も,この法堂を含む3つの建物を残して1788年に焼けたらしい...すごい履歴.春と秋には一般公開されていて,運良く中も見学することができ,ここで解説を聞いて,鳴き竜の仕組みがわかった.大きな竜だった.

ここは京都郊外の渓谷・・・ではなく,相国寺方丈の庭園.枯山水は比喩的だけど,こちらは写実的な庭造り.こんな庭を眺めながら暮らすのはどんな気分だろう?

ところで,展示を見ながら「むむっ?」と思ったことがあった.日本語・英語並記のプレートかと思ったら,名前と作者は並記,解説は英語なのだった.えーっと・・・.

相国寺の庫裏.大きくてきれい.

昼食のあと,下鴨神社へと向かう.このあたりはよく整備されていて,ぽ〜っとするのに良さそう.近くにはカフェもある.川は浅くて,小魚がたくさん.

下鴨神社の境内には「さざれ石」がある.科学的には「小さな石と石の隙間が炭酸カルシウムなどによって埋められ,一つの塊に変化したもので,石灰質角礫岩と呼ばれる」らしいけど,下鴨神社によると,この「さざれ石」は大きく生長して岩になる,神霊の石らしい.君が代なるほど.

えーっと・・・.

下鴨神社をグルリと見た時点で,まだ15:00だったので,祇園に来てみた.表通りはたくさん人がいるのだけど,一つ裏通りに入ると本当にかんさんとしている.割烹とか料亭とかが建ち並んでいる.ここは来られる人しか来られないばしょなんだなぁ,と観光地とは別の京都を感じた.

清水寺のあたりまで登ると,修学旅行生だらけだった.この学生服のパレードも,京都の名物にしてしまえるんじゃないだろうか?

ニヒ.

京都駅に着く頃には日が暮れていた.駅がリニューアルされて,京都タワーは悪くなくなったと思う.

「おーっ」も「むむっ」も「えっ?」も「ひゃー」も「なるほど」もあり,よい旅だった.

恐竜

めずらしく県外への出張で大阪市立自然史博物館に行った.会議は,博物館が収蔵する標本のデータベースを一元管理し,それをインターネット上に公開することで標本の有効活用と利用促進を図ろう,というプロジェクトに関するもの.データベースの構築が主なテーマだった.プロジェクトも会議も非常に興味深いもので,参加できて良かったと思う.高原の自然館は収蔵庫も無いし,数少ない標本の整理さえできていないのだけど,他の館の方々から聞かれる様々な問題点はいろいろな意味で参考になる.標本という「モノ」とラベルに書かれている「情報」との対応を議論するとき,情報というものの曖昧さが浮き彫りになる.情報はもちろん大切だけど,標本そのものはもっと大事.もちろん,情報が付加されていなければ標本とは呼べないのだけど・・・.自然館の課題は大きいなぁ.はたして収蔵庫&作業室は作られるのだろうか?

昼休みのちょっとした時間に「恐竜博2005」の展示を見学した.学芸員ばかりが20人も揃って企画展の見学をするというのはオモシロイ.視点も会話も「その道」の人達だった...

夜は,一人,新大阪の駅の中にあるキリンビールのお店でブレンド→生→生→ビール職人と飲んだ.順番マチガエタなぁ.ブレンド→ビール職人→ハーフ&ハーフ(→黒)が正解だった気がする.

ちなみに,12日の記事にある3枚目と4枚目の写真はフィルターを付けて撮影したものでした.これも4枚目と同じきらりフィルター.

で,なんだかもう少し飲もうかと思って「おいでませ」という立ち飲みやさんに行った.サラリーマンの方々とかなんだかわからない人とかでゴチャゴチャして,いかにも「立ち飲み屋」というカンジが良かったのだけど,田舎モノとしては落ち着かず,早々に帰ってしまった.まだまだ未熟者だ.

まつり

冬を迎える前に,八幡では大きなオタノシミがある.八幡の大歳神社で本祭,小祭(新穀感謝祭)の前夜から奉納される神楽だ.この日ばかりは大人も子どもも宮に集まり,朝まで眠らない.いや,眠くなったらその場で眠る.目の前に鬼がやってきても,やっぱり眠る.酒が振る舞われ,煙幕が焚かれ,天蓋からは鬼棒に当たって千切られた紙が落ちてくる.一年に2夜,この田舎に,なんとも異質な空間が現れる.

明治40年頃までは神社と拝殿とが離れていて,そこで薪を焚いて照明にしていたらしい.揺れる炎に照らされた鬼の面は,さぞかし恐ろしかったことだろう.舞と舞の間には,若い連中が「せぎ歌(せぐ=押し合う)」を歌いながら右左へと押し合って騒いだらしい.今は宮の形も変わり,せぎ歌が聞かれることも無くなったが,大人達は酒を酌み交わし,時にはそのまま舞に加わる人もいる.舞台では見られない光景.それが八幡の神楽だ.

現在,八幡の神楽団は二つで,発祥はどちらも江戸時代に遡るらしい.舞には相当の体力を使うので,やはり若い人の姿が多いが,いずれの神楽団も後継者は十分とは言えない.それでも,毛布にくるまって,眠い目をこすりながら必死に神の舞に見入る子供達を見ていると,なんとなくダイジョウブな気になってくる.そう思うと,ダムの建設とともに消失してしまった樽床神楽団はなんとも惜しいことだ.

さて,そんな時,僕はなにをしていたかというと,表で饅頭を焼いていた.燗酒,焼き鳥(=酒のつまみ),おもちゃ(=子ども向け),饅頭(=おみやげ)というのが青年団が出す露天のメニューだ.実家の祭や盆踊りでは,こうした露天は無かったので,ちょっと新鮮に思う.「小遣いを使う商店が無いので,子供達にお金を使う機会を提供することも大切」という古株青年団員の言葉に納得する.神楽同様,青年団も続いて欲しいなぁ...