キジムシロ

草地で普通に見られる花.5〜9個の小葉からなる葉が特徴.ミツバツチグリも同所的に見られるのだけど,ミツバツチグリは匐枝を出すので平面的に広がるが,キジムシロは匐枝を出さないので円くなる.雉筵の名前はこの姿から来ている.

山焼きの日にも咲いていたのだけど,今日も数はあまり増えていなかった.春の黄色い花は,小さいけど,目立つ.

ショウジョウバカマ

山焼き後の黒い土の上に,ぽつんと咲いていた.まだ1週間しか経っていないのに,変化の速さに驚く.葉はほとんどが熱の影響を受けていたが,付け根部分は緑色が残っていた.1週間前には,つぼみも地面にくっついていたのだろう.

いつもはあまりクローズアップされることのないショウジョウバカマだが,この日ばかりは主役だった.

ナズナ

雪解けと同時に咲くスプリングエフェメラルが花を終えた頃からサクラが咲き始めるまでの間は,目立つ花が減り,春の中休みといった感がある.だだし,水田では小さな花,いわゆる水田雑草が賑やかに咲いている.このナズナは水田を飛び出して,校庭の砂利の間から芽生えていた.気付くとそこここに小さな白い花がちらばっていた.強い.

ハクモクレン

遠くの山にコブシが目立つようになるころ,加計高校げいほく分校の校庭にハクモクレンが咲いた.九州にいたころ,サクラをはじめとする春先に咲く花は別れを思わせたが,春の遅い芸北では,ほとんどの花が出会いを祝福しているように見える.新学期とともにふくよかに咲く白い花は,学校によく似合う.

ヤブツバキ

ずっと芸北にいると,なかなかツバキの花を見る機会がない.冬の茶花といえばツバキなのだけど,あいにくここはブナクラス.そしてお茶から離れて久しい身には,名残のツバキが新鮮に映った.

行きの車中で「なぜサクラがきれいなのか」という話をしていて,出てきた答えは「葉の無い時に花を咲かせてサクラ色一色に染まるるから」「咲いてすぐに散る姿にはかなさを感じ,咲いた時にはいつも新鮮な気持で見られるから」というのが挙がった.ツバキはこのどちらでもないけれど,やっぱりきれいだと思う.それぞれの花がそれぞれにきれい.理由もそれぞれなのだろうけど,追求しなくても良いのかもしれない.赤・黄色・緑,それだけ.

ミヤコアオイ

カタクリ→ギフチョウ→カンアオイという図式は,なんとなく出来上がってしまっている感がある.カタクリの里では,年間6回も草刈りをし「雑草」は引き抜いているという.さて,そうして出来上がったカタクリ生育適地は,はたして自生地と呼べるのだろうか?では,どこまでなら「人の手が加わった自然」という言葉が使えるのだろうか?

ミヤコアオイは,花の内側が網目状になっていて,縦向きには15裂の筋がある.カンアオイの仲間では,しばしば花を割らなければ確実な同定ができない.でも,割るとその個体は生殖できない.

花ひとつ見るにも,色々なことを考えさせられる.

雲月山,とうとう,やっと,また,燃えた!

とても良い天気の日でした.雲月山の上には雲が無く,そして,風も無い.

7:15.雲月山に着くと,車は無く,駐車場の端っこにAvenirを停めました.ほどなく人が集まりはじめ,どの顔からも期待感が読みとれました.心配していた駐車場の混雑も,受付の人手の無さも,自発的に動き始めた人が補ってくれました.そう.今日の活動はボランティアイベント.145人のボランティア全てが,この活動の意味を知っているはずで,この活動に参加したいという自分の意志で来ているのです.動員という言葉が使われるなら,それはボランティアによる活動ではない.参加した人は,参加したいから,参加した.当たり前のことのようで,そんなイベントはあまり無い.それだけ,雲月山の魅力と,その裏側にある文化を理解する人が多くいたことを感じ,幸せな一日でした.

山焼きは,無事に終わりました.内容については別のところで書くとして,とにかく怪我人も無く,予定した範囲をきれいに焼き切って終わりました.山焼き後はゼミで発表があり,その後は飲んで,翌日はエクスカーションのコーディネーターだったので,我に返ったのは日曜の夜でした.

僕は,それからずっと泣いています.ボランティアの人たち,地元の人たち,消防の人たち,記録や報道の人たち,そして準備をしてきた事務局の人たち一人一人のことを思うと,困るくらい泣けてしまう.「感動するのは今日だけにしよう」と,昨日思ってたのに,今朝来る時に当日のことを思い出したり,新聞見たり,テレビみたり,チャットで感想を聞いたりして,また涙が出てくる.

でも,今回の山焼きは一つのマイルストーン.たどり着いたのは確かだけど,そこは通過すべき地点.まだまだこれからが続いている.そう言い聞かせているんだけど,やっぱり感激が止みません.すみません.明日からは頭の中を冷やしてまた進みます.

こんなに泣けるのか,っていうくらい嬉しい活動を手伝えたことを,本当に幸せに思います.ボランティアで,あるいは地区から,消防から参加した皆さんが,少しでも(涙は出なくても)同じような感覚を共感できていればいいなぁ,と思います.