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八幡湿原と尾瀬ヶ原湿原 – 芸北 高原の自然館

八幡湿原と尾瀬ヶ原湿原

八幡湿原の話しをするときには,よく話題にされるのが尾瀬ヶ原湿原のことです.日本人にとって湿原といえば,まず尾崎谷湿原(そして釧路湿原)なんでしょうね.

ここでは,成り立ちと植生から,ふたつの湿原を比べてみたいと思います.

まとめを先に書くとこのような形です.

共通点;

  • 川がせき止められたことによる盆地地形に湿原が形成された
  • 泥炭の蓄積が認められる
  • 大きく見れば同じ植生

相違点;

  • 川がせき止められた原因(尾瀬は火山活動,八幡は地質)
  • 泥炭の蓄積量(尾瀬は5m,八幡は1m未満)
  • 植物相全体で見ると共通していない(共通係数18%)
八幡盆地
平坦な地形が拡がる八幡盆地.奥には臥竜山.

【湿原の成り立ち】

八幡高原は,西中国山地が浸食されていく過程で形作られました.西中国山地は南西-北東方向(スラッシュマークと同じ方向)に断層面があり,臥竜山,掛頭山,鷹巣山,弥畝山,高岳,聖岳などに囲まれた八幡高原の,大まかな形を決めたのはこの断層面です.

八幡高原の中でも,現在水田や民家がある場所が八幡盆地と呼ばれます.八幡盆地もやはり柴木川の流れによって作られました.今のように河川整備がされていない時代には,川は自由に流れを変えながら流れるので,比較的柔らかい地質の場所では広い谷ができます.川が削らなかった場所は,おーいの丘やハミ山,コヤガソネ,人参畑跡などの小丘として残っています.

柴木川による浸食は,三段峡の辺りは大きく進んでおり,今はダム湖になっている樽床の辺りも削っていましたが,長者原より上流ではあまり進んでいません.これは,長者原付近が固い地質のため,柴木川が削るのに時間がかかったためです.長者原のあたりで浸食が止まっても,それより上流では柴木川による浸食・運搬作用が続くので,谷は次第に広くなっていきます.そうしてできたのが八幡盆地の地形です.樽床の盆地も,三ツ滝の辺りに固い地質があったために三段峡のような浸食が登ってこなかったのだろうと思われます.

長者原辺りでの浸食停止と,それより上流での浸食作用によって,削られた土砂は長者原辺りに溜まり始めます.これが続くことで,盆地の出口が土砂に塞がれて,八幡高原には湖が作られました.それまで柴木川が自由に蛇行して谷を削っていたので,平たくて広い湖だったと思われます.これが古代八幡湖です.湖の底では水が流れないので,細かな粒子も堆積していきます.湖が無くなった後にも,洪水などで比較的粗い土砂が溜まりますが,古代八幡湖が作った細かい粒子の層(粘土層)のおかげで,地面から浅いところに水を通さない層ができます.この粘土層が八幡湿原の水を支える基盤です.八幡盆地の下には,今でも地下の湖があると考えることもできます.

尾瀬の盆地は,溶岩が川の流れをせき止めたと考えられているそうです.

【湿原の植生】

1950年代に行われた調査の比較によると,八幡湿原と尾瀬ヶ原湿原の植生は,共通しない種の方が多く,両方の湿原を「似ている」とは言い難いと思います.八幡湿原が「西の尾瀬」と呼ばれたりしたのは,調査報告所の中で「似ているところ」と「似ていないところ」の両方が書かれていて,結局どちらなのかが分かりにくかったためだろうと思います.議論の前提として「両者は別物」とされており,それぞれの湿原植生を,八幡湿原を低地南方性,尾瀬ヶ原湿原を北地高山性という「相対応する別の単位として扱うべき」としています.

共通する部分はあるけれど,別物,ということです.

植物の種であれば,アカマツ,ササユリ,アマナなど,それぞれの種の特徴をもって「同じ」「別」という分類がなされています.さらに,ササユリとアマナは別の種ですが,同じ「ユリ科」に属しています.細かく見れば別物だけど,大きく見れば同じ仲間,ということです.

「種」という単位なら,花弁の枚数や葉の形など,違いは分かりやすいのですが,植物のまとまりからなる「植生」を見分ける時には少しコツが必要です.種を見分ける時に植物体の特徴を比べるように,植生を見分ける時には,そこに生育している種を比べてます.AとBとCが生育しているから「○○群集」というように,植生には一つずつ「群集」という単位で名前が付いています.また,大きく見ると同じ群集は「群団」という単位で名付けられます.

八幡湿原が調査された1950年頃には,国内の湿原についての調査は少なく,1954年に報告された尾瀬での調査結果が数少ない植生の情報でした.この結果と八幡湿原の調査結果をまとめたものが次の表です.

八幡湿原と尾崎谷湿原の植生比較
引用:堀川芳雄・鈴木兵二・横川広美・松村敏則(1959)八幡高原の湿原植生.三段峡と八幡高原 総合学術調査研究報告:121-152.

群集という単位では,それぞれの群集で共通種も見られますが,むしろ八幡湿原では欠ける種(八幡湿原に生育しない種)が多いので,八幡湿原を調査した報告書では「別の植生」と結論づけています.その上で,八幡湿原の植生を「ヌマガヤ−マアザミ群集」と名付けました.新しい特徴を持った生物が新種として名付けられ,報告されるのと同じように,八幡湿原で見つかった植生が,それまでに報告されていない「新しい植生」として名付けられ,報告されました.

群集という単位では新しい植生の「ヌマガヤ−マアザミ群集」は,大きく見た「群団」の単位では,尾瀬ヶ原の調査で名付けられていた「ヌマガヤ群団」に属すとされました.これが,八幡湿原と尾瀬ヶ原湿原の植生は大きく見れば同じだけれど,きちんと見ると別物という意味です.

参考:広島県教育委員会 編「三段峡と八幡高原」(1959年発行)